2008年2月25日月曜日

徳島県のかずらばし雑誌に載せた僕の書いた感想


”阿南のやさしさ
 私は,平成14年4月に来日し,1年間,東京で日本語を勉強した後,阿南高専の制御情報工学科3年次に編入学し,現在,5年生になりました。
 東京で毎日,留学生会館から日本語学校に電車で通っていたころ,日本人の性格がとても気になりました。日本人は誰も挨拶する時間がないほど忙しそうでした。そして,電車の中では皆が黙ったままお互いに話しもしません。私は,日本人とは友達になりにくいのではと感じていました。
 しかし,徳島の阿南に来てから,本当の日本人の性格が分かったように思えます。
 当初,日本語があまり分からず,友達もいなくて寂しい思いのした私は,勉強についてとても不安でした。しかし,クラスメートともすぐ仲良くなり,レポート作成をはじめいろいろな面でアドバイスしてくれるようになりました。先生方の丁寧な御指導もあって,やがて授業も確実に理解できるようになりました。高専で多くの工学の専門科目に自ら進んで取り組んできました。とりわけ,高度なメカトロニクス技術の習得を目指して,電気電子工学と情報工学に関して様々な実験も行いました。他の留学生仲間や多くの日本人の友達と楽しい高専生活を送ることができました。
 そして私は,阿南市国際交流協会のさまざまな行事やボランティア活動などにも積極的に参加しました。そうすることで,カンボジアと日本の文化や習慣の違いを学べただけでなく,日本の多くの人々と学校以外で身近に触れ合うことができました。
 また,私には阿南に来て最初からお世話になっている中野さん御夫婦がいます。お二人はお宅でお料理をふるまってくれたり,日本のことをいろいろと教えてくれました。中野さん御夫婦はいつしか,「日本のお父さんお母さん」と呼べる大切な人になり,私はまるで家族の一員になれたような気がしています。
 私の寂しいと思われた生活はこうしてとても楽しい生活になりました。やっぱり「住めば都」です。阿南はもう,私にとっての貴重な都で,私の故郷に次ぐ第二の「ふるさと」になりました。日本の人々の「優しさ」は全て私の心に残っています。私は阿南に何も持って来ませんでしたが,阿南を離れるときには,阿南の人々の思い出,阿南の人々のやさしい気持ちを持っていきたいと思います。”